祈り/球磨

神瀬石灰洞窟・熊野座神社

カミはふだんは幽暗な場所にかくれこもっていて、姿を見せない存在であった。
そう推測できるのはカミとクマという語が関連があるからである。

クマという語は人目から見えにくい場所、例えば道や川の曲がりくねったところ、あるいは谷の奥などを指す。

紀州の熊野や肥後の球磨川、球磨盆地はそうである。

「日本の神々」谷川健一(岩波新書)

現在、人吉市と球磨郡に分かれている人吉・球磨地方は鎌倉時代から明治維新まで相良家が一帯を治めており、相良家人吉藩という1つの国でした。

球磨の特徴の一つは、そのままの豊かな自然、山深い秘境であることです。
三日月盆地を囲むように配する球磨の山々は気にあふれ、さらに太陽や月、星などが輝く天からの気を取り込み、川の流れにのせて人々へ、人吉・球磨中へと行き渡らせています。古くから人々は自然が発する気にふれることで心と身体が浄化され、活動的になれることを知っていました。そのため自然には精霊が宿っている、八百万の神が存在すると信じるようになったのです。球磨の恵みである山々や瑞々しい緑の木々、きれいな水、辺りを包む澄んだ空気にも同じように精霊が宿っています。現代においても壊されることなく残る、その豊かな自然の気は人々を元気に、そして癒し続けているのです。

浄心寺/阿弥陀三尊

もう一つの特徴は、美しい仏像群です。
天から降る気と地に宿る気は、それらが交わる場所があります。そこにいるだけで心地良い、凛とした空気を感じる場所に出合ったことはないでしょうか?

きっとそこは天と地の気が交わる場所です。人々は気の交わる場所を聖なる場所として祈り捧げたいと思うようになり、神社や仏閣を作っていきます。相良家も統治間に多くの神社仏閣を作りますが、自分たちがこの地域に来る以前からある神社仏閣をも大切にしました。地域で厚く信仰されてきた神社仏閣を潰すことなく、大切に残してきたというのも祈り深い相良家こその事実です。ありがたくも平安時代から残るような多くの仏像が奇跡的に残され、今も変わらぬその美しい佇まいには息を呑むほどです。

これら神社仏閣や仏像群はまさに気を発する代表格であり、この球磨が誇る変えようのない宝物なのです。

谷水薬師

三日月からの気(エネルギー)を三日月城へ集めることを意図して都市を設計した相良家は、このように山や川をはじめとする自然や多くの神社仏閣、球磨に広く点在する聖なる場所と場所、点と点を結ぶことで線となり、気の通り道になると考えました。その道を通って三日月城へ気を集め、三日月石への祈りによってより強くなった気を人吉・球磨全域に行き渡らせる目的を叶えたのです。

畏怖の対象として崇める山々や、心を鎮めるような深い緑の木々、清らかな川、美しい仏像群、数多く残る心を揺さぶる物語・・・長く、深く培われた懐深き球磨の自然や文化は、ふれるだけで心と身体に気を注いでくれることでしょう。

気を運ぶ川、
それは心と体を浄化してくれる川。

人は水を飲むと元気になります。
気が枯れた“気枯れ(ケガレ)”の状態から、気が溢れる元の自分へ戻してくれる。
ゆえに、古来より人々は水に気があると考えていました。

水は美しければ美しいほど、気は美しいものとなります。

三日月盆地には、多くの川が流れています。昼も夜も休むことなく100万年以上に渡り流れ続ける人吉・球磨の川たちは、太陽、月、星々、そして森や山から、さらには周辺に鎮座する多くの神と仏からも気をもらいながら、三日月盆地を流れ続けてきたのです。
米を生み出し、米を原料にした贅沢品“焼酎”までも生み出します。そして気が発生するポイント龍穴とも言われる温泉や霧となって人々を誘います。
多くの気を運ぶ川は、疲れ溜まった心と体を浄化してくれるはずです。

浄化力日本一の川/川辺川

13年連続日本一(2019年時点:国土交通省管轄一級河川)を誇る日本屈指の清流。
五木村から相良村を貫き、錦町で球磨川に合流します。
古来、神の山の近くを流れる川は「神の帯」と表現されます。
さらに気は北から南へ流れるのが基本と言われます。
三日月の盆地の北に位置する仰烏帽子山(五木村)の頂上には仏石があり、神仏が宿る山として、地域の心の拠り所として崇められてきました。その近くを流れる川辺川も「神の帯」として、気を集め北から南へ下っていくのです。

陰と陽の川/球磨川

カミ(神)とクマという言葉には関連があるといいます。普段姿を見せないカミは幽遠で暗いところ、曲がりくねった川にいると考えられていて、それがクマという言葉に表現されるようになったそうです。球磨川の球磨もこの意味です。
遠い昔、今から100万年前、三日月盆地は湖でした。やがて湖の水は溢れ、八代へ流れるようになります。水上村に源流ができ、水は100万年以上経ても枯れることなく流れ続けます。その水の流れが球磨川となりました。水は人々に米農作物をもたらします。また険しい山々から流れる川は長年、日本三急流の1つとして数えられてきました。球磨川は、恵みの川であり時には暴れ川となります。光と影、陰と陽の2面をもつ、まさにスサノオ神のようなこの川。支流周辺には、畏怖と尊敬の念から、多くの神社仏閣が鎮座しています。

祈りの地図

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球磨川/上流

球磨川/中流

球磨川/下流

川辺川/上流

川辺川/下流

人吉球磨観光地域づくり協議会

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